書き下ろしSS

人の姉が嫌がったので、どう見ても姿絵が白豚の次期伯爵に嫁ぎましたところ 1 ~からくり仕掛けの幸せウェディング~

美味しい贈り物

「ミモザ、これを貰ったんだけど食べたことはある?」
「まぁ……、マンゴー、ではないですよね。小さいわ……何ですか?」
 居間でくつろいでいるお義父様とお義母様の前にも山と積まれた白い木箱の一つを、パーシヴァル様が蓋を開けて見せてくれる。
 中には自分の拳の三分の一ほどの大きさの黄色い果実がきれいに並べられていた。甘い匂いがするし、香りや楕円形の見た目はマンゴーに近いと思ったけれど、すごく小ぶりな桃のようにも見える。産毛が生えているような、柔らかそうな皮をしているからだ。
「いや、これはビワという果物だよ。南東の国から使節がきてお土産にもらったそうなんだが、食べきれないからと少し下賜されたんだ」
「まぁ……」
 少し、というには量が多い気がする。これで少しならば、船いっぱいにこの果実を詰んできたのだろうか。
 この国は縦長の国だから、南の方ではマンゴーもとれるし王都に入ってくることもある。けれど、この果物は知らない。本でも読んだことがなかったけれど、お義父様もお義母様もニコニコしているからご存じなのだろう。
「不勉強ですみません」
「謝らなくていいんだよ? 珍しいものを貰ったから、抵抗がなければ食べてほしいと思っただけだし」
「抵抗なんて……! ぜひ食べてみたいです」
 パーシヴァル様があんまり嬉しそうに勧めてくれるので、私は顔の横で両手を握って気合の入った返事をしてしまった。
 あまり淑女らしくない返事だった、と慌てて手を解いて下げると、パーシヴァル様が余計にニコニコしているようだ。はしゃいでしまって恥ずかしいやらで、顔が熱くて少しうつむきがちになってしまう。
「ミモザちゃん、下賜なんて言ってるけれどね、これ、パーシーがミモザちゃんに食べさせたいからってもらってきたのよ」
「母さん!」
「陛下たちは快く分けてくださったが、はは、息子があれだけ熱心なことも無かったから面白がっていてなぁ」
「父さんも、それは内緒にしてくださいと……!」
 私はそれどころではない。恥ずかしくて血が上った顔から、一気に血の気が引いていく。
 王室に贈られたものを、私に食べさせたいから、と貰ってくるなんてあまりにも恐れ多いことだった。
 しかし、お義父様もお義母様も気にした様子はない。パーシヴァル様も近衛騎士の一人ではあるけれど、はたして一騎士にそこまでよくしてくださるものなのだろうか?
 私にはお城でのやり取りは分からないけれど、とにかく大変なものを貰ってきたのだということはよくわかる。
「こほん……、本当にこれは一部だから、少し分けてもらっただけだから気にしないで、ミモザ」
「え、あの、はい、えぇ……? いえ、気にしないのは無理です……!」
 私は体の芯から自然に起こる震えに自分の手を握って白くなるまで握ってしまった。
 それを見たパーシヴァル様が、お義父様とお義母様に視線を送ったらしかったが、正直目に映る光景よりも恐れ多いという気持ちが強くてあまりうまく認識できてはいなかった。
「ミモザちゃん、大丈夫よ。安心して食べて、ちょっとパーシーを揶揄っただけ。王妃様が食べきれないと言っていたから、警護についていたパーシーがもらい受けただけなの」
「王室の方もせっかくの贈り物をダメにするのは望まないよ。かといって、果物とはいえ下手な家に下賜もできない。我が家は家族ぐるみで可愛がってもらってはいるが、職務もあってそれを喧伝するような真似もしない。信用されている証だから、純粋にパーシヴァルが君に食べさせてみたいと思った気持ちを受け取ってやってくれないか」
 お義母様とお義父様の説得もあって、私はようやく緊張を解いてパーシヴァル様を見上げた。
 彼も少し困ったように笑いながら、私の様子を伺っていた。こういう時、まだうまく言葉が出てこないのは、私もパーシヴァル様も一緒かもしれない。
「あの……昔にも貰ったことがあるんだ。美味しかったから、ミモザと食べてみたいなと思って……」
「……はい、私も食べてみたいです」
 あまり一生懸命に言われるから、私はやっとほっと息を吐いてそれだけ言った。ここまで言ってもらって固辞するのはかえってよくないだろう。
「よかった……! じゃあ、夕飯に出してもらえるようにしよう」
 露骨に顔を輝かせるパーシヴァル様に、緊張に押しつぶされそうだった胸がほっとすると同時に苦しくなる。緊張が先にきていたけれど、こういう風に喜ばせようとしてくれることが嬉しい。
 ――その日の夕飯、出てきた果実は小ぶりながら酸味もほとんどなく、さっぱりした甘さに硬い桃のような歯ごたえで、実に美味しかった。

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