SQEXノベル一周年記念SS

人の姉が嫌がったので、どう見ても姿絵が白豚の次期伯爵に嫁ぎましたところ ~からくり仕掛けの幸せウェディング~

最初の1枚

「ミモザ、よければ私にもハンカチに刺繍してくれないかい?」
そうパーシヴァル様が言い出したのは、パーシヴァル様と呼ぶようになって少し経った日の、晩餐後のお茶の時間だった。
ハンカチに刺繍するのは構わないが、一体何を刺繍すればいいだろう、とパーシヴァル様の顔をじっと見て考える。
太陽の下が本当に似合う人だ。今が夜なのに、瞳は夏の空を写したような鮮やかな青、金色のさらさらとした髪は太陽そのもののよう。
ずっと騎士団で訓練していたはずなのに、肌はそこまで黒くない。むしろ、以前の私よりもずっと滑らかな肌をしている気がする。お化粧もしていないのにこの肌というのは、やはりシャルティ伯爵家代々に伝わる秘密のせいなのだろうか。
「ミモザ?」
「あ、すみません……つい、見惚れてしまって」
私の熱烈な視線にパーシヴァル様が微笑んで首を傾げたので、ぽろりと本音を零してしまった。
「……熱烈な視線と、褒め言葉をありがとう」
思考停止はせずに、普通に照れてパーシヴァル様はそう言った。
パーシヴァル様は、感情がいい方向に昂ると(と、私は解釈している)思考停止してしまい、言動が止まってしまうという癖がある。というのも、ここまで美男子なのに女性慣れしていないというのが要因らしいのだけれど、女性慣れしていたら私との結婚はなかっただろうから、私はこの癖も愛おしいと思う。
「どんな刺繍がいいかと、パーシヴァル様のイメージを考えていたんです」
「……それで? 何かいい案は浮かんだかな」
私は見惚れていた理由を素直に告げる。
パーシヴァル様はまだ微笑んだまま、優しい調子で尋ねてきた。
「いえ、それが……パーシヴァル様を見ているとどんな刺繍にするか迷ってしまって」
「それは、あまり私のことを知らないからじゃないかい?」
「それが、その、見ていると……色んなイメージや図案が浮かんでしまって、決めかねてしまって」
素直に告げるとパーシヴァル様も思案顔になった。
刺繍をねだった手前、自分でも何か考えようとしてくれているのだろう。
「……じゃあ、ミモザの刺繍をして欲しい」
「私……、あぁ、お花の方ですか?」
「そう。君の雰囲気からして……フサアカシヤではなくて、オジギソウの方だろう?」
そう。ミモザと聞けば大抵の人が黄色の花をふんだんに咲かせるフサアカシヤを思い浮かべるが、私の名前の由来はオジギソウの方。オジギソウの学名がミモザで、薄紫の小さな花を咲かせる雑草でもある。
「よくご存じですね」
「母上があぁだから……昔から、本もたくさん読んではきたんだ。だから、ミモザを初めて見た時にこっちの方だろうな、と思って」
パーシヴァル様のお母様……シャルティ伯爵夫人は、アレックス・シェリルという人気作家だ。私は入ったことがないが、伯爵夫人の書斎には高価な図鑑や資料が山のようにあるのだという。
そんな夢のような空間に出入りして子供の頃から過ごしていたからか、パーシヴァル様は文武両道で、女性慣れしていない割には明るく朗らかで社交的でもある。
おかげで人見知り気味の私でもこうして毎晩会話をすることができるのだけれど……、私は意識をハンカチの図案の方に戻した。
一人で読書や刺繍をして過ごすことの方が多かったから、私もパーシヴァル様の思考停止をどうこう言えない程度には自分の世界に入ってしまうことがある。
しかし、パーシヴァル様のリクエストのお陰でいい図案が思いつけた。
「分かりました。では……あの、私と、パーシヴァル様のイメージで刺繍させてください」
「ミモザから私がどう思われているのか、言葉よりも刺繍の方がよくわかりそうで嬉しいな」
「そ、そんな、……私はちゃんと、言葉でも、お伝えしたい、です」
まだ緊張したり、照れたりすると私は言葉に詰まってしまう。それでも、パーシヴァル様とはちゃんと言葉で会話したい。
「うん。分かっているよ。――これは、まぁ、ヤキモチなんだ」
「ヤキモチ?」
一体私の行動のどこに、パーシヴァル様がヤキモチを妬く要素があったろうか、と考え込んでしまった。
「そう。母上には本を出すごとに刺繍したハンカチを贈っていたのだろう? 私も欲しい」
「……」
私より年上の、大変見目のいい、文武両道の書類上の旦那様は、時々こういう大変可愛らしいことを言う。おかげで、金色の大きなよく懐いた犬を前にしているようで、引っ込み思案の私が両手で撫でまわしたくなってしまう。
「……私は、これからもアレックス先生の本が出るたびに、そのハンカチは刺繍しますけど」
「うん。それを止めたりはしない」
「パーシヴァル様には……好きなだけ刺繍したハンカチを差し上げます」
私が赤い顔のまま、小声で絞り出すように告げると、パーシヴァル様は花が咲いたように笑う。夜なのに眩しい。
「約束」
「はい、お約束します」
そうして約束の証として、私は次の日、1枚のハンカチの縫い取りを済ませてしまった。
ライラックのミモザの花に、パーシヴァル様をイメージした金糸でミモザの葉をハンカチの縁に沿うように縫い取りした一枚を。
……後で知ったことだけれど、パーシヴァル様は私の刺繍入りのハンカチを持ち歩きはするけれど、使うのは市販品だけだという。
汚したくない、と言われると、実用品なのに、と思うのだけれど……この最初のハンカチを大事にしてくれるのは嬉しい。
その後に縫い取りしたものも、全部そういう扱いになるとは、この時思いもしていなかったけれど。

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