SQEXノベル一周年記念SS

田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~

第一回先生の一番弟子はいったい誰なのか会議

「それではこれより、第一回『先生の一番弟子はいったい誰なのか会議』を開始します」
「……えぇ?」
 なにこれ。
 早朝、いつも通り騎士団庁舎に顔を出したら、アリューシアに有無を言わさずこの部屋に連れてこられて、なんか上座に座らされた。
 と思ったら、彼女がいきなりわけの分からんことを言い出したのである。
 いったい何が始まろうとしているんだ。なんだ先生の一番弟子はいったい誰なのか会議って。長いわタイトルが。というか誰か突っ込めよ。なんなんこの空気。
 しかも第一回ってなんだ。次があるのかよ。一から十まで意味が分からんぞ。
「あの、アリューシアさん?」
「先生、そういうことですので」
 何が? 何がそういうことなの? おじさん困惑。
「ふん、下らん。議論するまでもない」
 そんなアリューシアの言葉に対し、真っ先に反応を返したのがスレナだ。ていうかなんで冒険者である君がここに居るの? なんていうツッコミは野暮なんだろうか。おじさんもう訳が分からなくなってきたよ。
「負けないっすよー!」
 いや別に勝ち負けじゃなくない? 端っこに座っているクルニがハッスルしているが、テンションを上げる前に今この場この空気について突っ込んでくれ。頼む。
「私が一番。負けない」
 反対側では、フィッセルが鼻息荒く呼応していた。いやだからなんで君たちここに居るんだよ。ここ騎士団庁舎だよ? もしかしてアリューシアが全員連れてきたの? そんな馬鹿な。
「さて、では先ず一番の定義からですが」
 あ、そこからやるんだ。
 なんだかもう半分どころか全部意味が分からないので、流れに全て身を任せることにする。だってこれ俺が何か言っても無駄でしょ。だったらもう自分へのダメージを最小限にするため、空気になるしかないのである。おじさん知ーらない。
「単純に出会った日が古い方からでいいだろう。つまり私が一番だ」
 一番の定義を決める話し合いが始まり、いの一番にスレナが声をあげる。
 まあ確かにこの四人で言えば、一番最初に出会ったのはスレナではある。単純に付き合いが長い、と言うにはまた違うが、古い知り合いであることに変わりはないだろう。それがイコール一番弟子なのかという問題はさておいて。
「どうですか先生」
「いや、どうですかと言われても」
 どうですかと言われても困る。自信満々のドヤ顔を披露するスレナに俺はどんな声をかければいいんだ。
「そもそも、スレナに対して弟子っていう意識があんまりなくてね……」
「そ、そんな……!」
 あ、スレナが膝から崩れ落ちた。
 しかし言った通り、彼女に対しては弟子という印象があんまりないのである。そりゃ養子に出すまでの間に剣を教えていたのは事実だが、どちらかと言えばスレナを元気づける意味合いが大きかったからなあ。
 当時は庭先で花を愛でるのが似合っていた少女だったのに、こんな立派な子になるなんて思っていなかったが。
「話になりませんね」
「……なんだと?」
 アリューシアがスレナの言葉を切って捨てていた。
 やめろ、剣に手をかけるんじゃない。こんなところで抜剣しようとするな。
「じゃあ貴様はどうだと言うんだ」
「決まっています。一番濃密な時間を過ごした者です。つまり私です」
 スレナに次いで、アリューシアが持論をドヤ顔で述べる。
 一番濃密な時間ってまた曖昧な。そんなことを言えばアリューシアに限らず、弟子たちとのひと時は俺にとってどれも濃密だったんだが、それは言わない方がいいんだろうか。
「一つ質問」
「ん? どうしたんだいフィッセル」
 俺にとっていたたまれない空気が続く中、フィッセルがぴしっと手を挙げ、質疑応答の構えを見せていた。別にこの場ってそんなフォーマルなもんでもないと思うけど、まあいいや。聞きたいことがあるというなら聞くべきだろう。回答者は俺とは限らんが。
「アリューシア……さんは、ベリル先生のところにどれくらい?」
「……おおよそ四年ですね」
「じゃあ私が一番。私は五年」
 ふんす、とフィッセルが己の一番を主張する。
 まあ確かに、この中で一番長く道場に居た子はフィッセルになる。おおよそだがクルニが二年、スレナが三年、アリューシアが四年、フィッセルが五年といった具合だ。
「うぅ……! 勝てないっす……!」
 激論? が交わされる中、クルニがべしゃりと机に突っ伏した。
 いやこれ勝ち負けを競うものじゃないからね、多分。そもそも勝敗の定義も分からないし、何故こんなことになっているのかすら分からないんだけれど。
「せ、先生……!」
「そんな目で見つめられてもなあ……」
 フィッセルの五年という衝撃が大きかったのか、アリューシアが縋るような目でこちらを見ていた。
 というか、自信満々に一番濃密な時間を過ごした者とか言ってたくせに、根拠は道場に居た年数だけなのかよ。そりゃ勝てないよ。だってそれで言えば、今俺の代わりにビデン村の道場で剣を教えてるランドリドとか六年くらい居たぞ。
「えっと、一ついいかい」
「……なんでしょう、先生」
 とりあえず議論を交わす空気ではなくなってしまった様子なので、気になったことを聞いてみる。
「そもそも、これはいったい何の集まりだい……?」
「せ、先生……?」
 何が目的でこんなことをやっているのか聞いてみたら、なんか予想と違う反応が返ってきた。アリューシアのみならず、他の皆からもマジかよこいつ、みたいな視線を感じる。
 えっ、なにこれ。俺が悪いの? 何も知らないし何も分からないけど俺が悪いのこれ?
「ご、ごめん……説明してくれると助かるんだけど……」
 ただ、本当に訳が分からないので俺には説明を求めることしか出来ないのである。
 まさか本当に、俺の一番弟子が誰かを真面目に決めようと思っていただけではあるまい。そうじゃないよね? そうじゃないと言ってほしい。何か重大な裏事情があると誰か明かしてほしい。
「ええと……SQEX<スクウェア・エニックス>ノベルが創刊一周年を迎えるということで、それにちなんだ議題を皆で考えていたのですが……まさか先生がご存知ないとは露ほども思わず……」
「いや知らないよ!?」
 知らないよそんなこと! なんだよSQEXノベルって! 一周年なんですねおめでとうございますぅ!
「なので、来年は二番弟子を決めようかと思っています」
「それは決めなくてもよくない?」
 嫌だろ自分が二番です! みたいに主張するの。それは決めなくてもいいよ。不幸しか呼ばないよそれは。しかもその流れで行くと、再来年には三番弟子を決めることになってしまう。誰も幸せにならない。
「まあ……皆が抱える事情と立場は違えど、全員大切な弟子たちだよ。……それじゃ駄目かい?」
 収拾がつきそうにないので、強引にまとめよう。これこのまま流してても多分埒が明かない。
 それに、やっぱり弟子たちに順番を付けるということはあまりしたくないのである。全員が全員、大切な弟子たちだからね。
「むぅ……では、そういうことで……」
 なんでちょっと不満そうなの。そんなに一番の自信があることの方が俺はちょっと怖いよ。
 ただ、この訳の分からない集いもこれで終わりを迎えられそうで何よりである。さっさと終わらせて鍛錬に戻ろう。そうしよう。
「それでは先生、時間も差し迫っておりますので」
「何の時間?」
 鍛錬かな?
「これからも、どうぞよろしくお願いしますね。先生」
「ああ、うん……こちらこそ、よろしく頼むよ」
 いったい何に向けての挨拶だったんだろう。まあいいか。彼女たちと今後も仲良くやっていきたいという気持ちに嘘はない。
 よし、それじゃあいい感じに場もまとまったことだし、修練場に戻るとしよう。
 来年どうなっているかは分からないけれど、こうやって時には馬鹿をやりつつ皆と穏やかに過ごせれば御の字だな。
 それと、SQEXノベルさん? 長いな、人名かなこれ。一周年……一周年ってなんだ。一歳じゃないのか。まあいいや。お誕生日、おめでとうございますってね。

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