書き下ろしSS

宮灼姫伝 2 ~妹の身代わりをしていたら、いつの間にか皇帝や将軍に寵愛されています~

子犬命名会議

 その日、清叉寮では緊急会議が開かれていた。
 議長は宇静、書記は空夜。参加者は牛鳥豚、涼、依依である。
 一同を見回した議長・宇静は、厳かに言い放つ。
「それでは会議を始める。議題については、各々承知していると思うが――」
「きゃん」
 合いの手が入る。全員の視線が、卓子の下でころころと寝転がる小動物へと向いた。
 気を取り直して宇静が続ける。
「……この白犬の命名についてだ」
 ――配達犬の名前に威厳がない。
 飛傑だか誰だかが懸念したというこの問題について話し合うため、豆豆の主な世話係として名の挙がる面々がこの場に呼び出されていた。
(豆粒みたいに可愛い犬の名前に、威厳はいらないと思うんだけど……)
 ちなみに依依は、純花から重要な役目を仰せつかっている。豆豆が別の名前を与えられるのをくれぐれも阻止するように――とのことだ。
 豆豆の名付け親である彼女は今頃、灼夏宮でやきもきしていることだろう。
「では、何か意見はありますか?」
 書き取り用の紙を卓に広げた空夜が呼びかけると、鳥がやる気なさげに挙手をする。
「豆でもなんでもいいと思うんすけど……包子パオズとか饅頭マントウとかはどうすか?」
「食べ物の名前は王道だけど、どちらにせよ威厳がないだろう?」
 空夜の指摘に、「まぁ確かに」と鳥が頷く。白犬と折り合いの悪い鳥は、真面目に考える気はないようだ。
「なら小白シャオパイはどうでしょう?」
「うん、だから結局それだと可愛いから……」
「あ! (マオ)(マオ)は?」
「それも可愛いよね」
 空夜も内心ではどうでも良さそうだが、次々と案を出す牛鳥豚を苦笑気味にあしらっている。
 会議の様子を見守りつつ、依依はそういえばと思う。
(さっきから、将軍様がやたら静かだわ)
 離れた席に座る宇静に目を向けてみると、彼はなぜか前屈みになっている。卓子の下を覗いているようだ。おや、と目を丸くした依依もまた、顎を引っ込めて覗き込んでみると。
 寝転がる白犬に向かってひそひそと囁きかける、こんな声が聞こえてきた。
ロンロン
「……」
「これも駄目か。ならば、ロンロンはどうだ?」
「…………」
「ふん。これも気に入らないとは、お高い犬だ。いったいどんな名前なら――、」
 目と目が合った。
 宇静の表情が軋み、固まった。かと思えば、彼の眉間に筆舌に尽くしがたい量の皺が生まれてしまったので、依依は何も言わずに頭の位置を元に戻した。
 ……しばらく経って、そろそろとぎこちなく宇静の頭も戻ってきた。こちらを睨んでいる宇静に、依依は優しく微笑みかけた。
 どうやらこの会議は宇静の一存によって開かれたものらしいが、そんなことを暴露するつもりはない、と伝える慈愛の笑みである。
(大丈夫です、見なかったことにしますから!)
 これも部下の優しさだ。自分の考え抜いた格好良い名前を犬相手に披露していた将軍の姿など、依依は見ていない。まったく見ていない。
 うんうん、と何度も頷いてみせる依依に、宇静が物言いたげに口を開く。
そのとき、依依は脛のあたりに小さな衝撃を受けた。見下ろしてみると、白犬が甘えるように頭をすりつけてきている。
 小さな頭を撫でてやりつつ、試しに依依は呼んでみた。
「豆豆」
「わんっ」
「豆豆?」
「わんっっ」
 とっても元気な返事が返ってきた。
 その場の全員が沈黙する。結果は火を見るより明らかだった。
本人――もとい本犬が気に入っている名前なのだから、他人がどうこう言っても仕方がない。
「……ということですけど。将軍様、どうされます?」
 そう依依が問うてみれば、宇静がひとつ溜め息を吐いた。
 わんっ、と鳴く白い子犬の名は、もちろん変わらない。依依が手作りの小屋につけてやった扁額も、作り直す必要はなくなったのである。

依依はその日の夜、さっそく純花に宛てた報告の文をしたためたのであった。

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