書き下ろしSS

イナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件 2

××日前

窓から差し込む朝日を浴びながら、私はカウンターの中で目をこすりました。
早朝のギルドに人影はまばらです。冒険者の方たちも、今日はまだほとんど見えていません。
ギルド受付嬢の朝は早い、とよく言います。
実際にはそこまででもありませんが、朝の苦手な私は、いつ起きていつ冒険に出ても自由な冒険者のことを、時々うらやましく思います。
「よお。支部長はいるかい?」
急に声をかけられ、私はあわてて欠伸を噛み殺しました。
年配の、冒険者のおじさまです。私が生まれる前から冒険者をされていたベテランで、支部長ともたしか顔見知りだったはずです。
ただ、この時間にいらっしゃることは、これまであまりなかったのですが。
「すみません、まだ出勤してなくて……。何かご用がありましたか? よければ伝えておきますが」
「いや……大したことじゃないんだがな」
おじさまは、本当に大したことじゃないように、軽く言います。
「実は引退することにしたんだ」
「えっ」
「俺も、もう年だからな。生まれの村に帰って運搬屋をやることにしたんだよ」
運搬屋とは、主にダンジョンでとれる物品を、他の村や街へ運ぶ人のことです。
普通の物とは違い、ダンジョン産の物品はストレージに収納して持ち運ぶことができます。だから普通の行商人のように、大きな馬車などに乗る必要はありません。
ただし、ストレージへアイテムを入れられる量は、ステータスのSTR筋力値で決まります。
高いSTR筋力値を要求される割にそんなに儲からないこの仕事は、引退した冒険者が就く典型的な職業でした。
私は少しあわてながら言います。
「そ、そうなんですか……。え、えっと、支部長……呼んできましょうか?」
「いらんいらん。大ごとにしないでくれ」
おじさまは笑って言います。
「ただ、あいつに伝えておいてくれればいい。俺は俺で達者でやるってな」
まるで近場のダンジョンへ冒険に行くかのような調子で、おじさまは去って行きました。
冒険者は、ずいぶんあっさりしています。
「決まりが悪かったのかもしれないわね」
「わっ、先輩?」
いつの間にか隣にいた先輩に、私は訊き返します。
「決まり悪かったって……何がですか?」
「冒険者を引退することがよ。本当は支部長と直接顔を合わせたくなくて、こんな時間に来たんじゃないかしら」
「えっ……なんでですか? 引退なんて、仕方ないじゃないですか。むしろ何十年も冒険を続けて、無事に引退するんですから、すごいことです。誇っていいと思うんですけど」
冒険者は危険な職業です。
よくギルドへ顔を出していた冒険者が、ある時からぱったり姿を見せなくなることだって、珍しくありません。生き残れただけでも幸運と言っていいくらいです。
でも、先輩は言います。
「私にもよくわからないけれど、冒険者はそういうものらしいのよ。一流の冒険者ほど、ダンジョンこそが自分の居場所だと感じるそうだから……自分が脱落してしまったみたいに思えるんじゃないかしら」
「そうなんですか……私だったら、これでのんびりできるー、って喜ぶ気がしますけど」
「あなたはそうでしょうね」
先輩は苦笑します。
「でも、引退したからといってのんびりできるとは限らないわよ。別の仕事を始める人がほとんどだから」
「引退した冒険者の方たちって、どんな仕事をするんですか? 運搬屋以外に」
「いろいろよ。畑と家を買う人もいれば、商売を始める人もいる。冒険者だったことを生かすなら、武器屋を開くとか、調合師になるとか、魔導士なら呪文を教える道もあるわね。魔法は上流階級の教養でもあるから」
「へ~、いろいろなんですね。衛兵や狩人になる人もいるんでしょうか? 冒険者の方は体力ありますし、武器も扱い慣れてますし」
「意外だけど、そういうのはあまり聞かないのよね」
先輩は言います。
「衛兵は若い人がなるものだし、狩人も難しいんじゃないかしら。ダンジョンの中で武器を扱い慣れているからと言って、ステータスの乗らないダンジョンの外でも同じようにできるとは限らないわ。引退してからも武器を握る冒険者は、ほとんどいないんじゃないかしら」
「そうなんですか……」
それはそれで、なんだか寂しい気もします。
決まりが悪くなるという気持ちも、少しはわかるかもしれません。
「いるとしたら、まだ若いうちに引退した人でしょうね。もしくは、相当の凄腕か」
「ふうん……」
先輩の話を聞きながら、私はもう一つ、引退した冒険者の仕事を思い出しました。
それは、若い人に冒険者のノウハウを教える、というものです。
武器の扱い方や、ダンジョン攻略のセオリー、スキルやアイテムの情報など。職業としてではなく、乞われて教える人がほとんどのようですが、その数は決して少なくありません。なぜわかるかというと、そうやって冒険者のノウハウを誰かに教わってきた新人が、たまに現れるからです。
そしてそういう方たちは、ほとんど例外なく、早々に中堅レベルにまで達してしまいます。
それくらい、教育の効果というのは大きいものなんでしょう。
「若いうちに引退した、凄腕の冒険者……」
私は想像します。
もし、そんな人がいたとして……引退してからも武器を握り、技術を磨き続けたとして。
そんな人から技を伝授された新人冒険者は、いったいどれほどの力を持つことになるのでしょうか。
ただ教わっただけでなく、その人自身にも才能があり、加えてスキルにも恵まれていたなら。
もしかすると、あっという間に深層冒険者と肩を並べることだって……。
「……なーんて、あるわけないか」
ようやく目が覚めてきました。
今日も、一日が始まります。

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