書き下ろしSS

高難度迷宮でパーティに置き去りにされたSランク剣士、本当に迷いまくって誰も知らない最深部へ 〜俺の勘だとたぶんこっちが出口だと思う〜 2

桜そばワンスモア

「……なんか、やっぱり食べておけばよかったって感じしない?」
「……イッカさんも、そう思いますか?」
 もう三時間も経ってからのことだった。
 春で、珍しく道場屋敷にジルもチカノも、どちらもいない日のことだった。何でも近くの街で魔獣対策の打ち合わせ会議をするとのことでふたりとも出払うことになり、だからクラハは、同じく時間を持て余したイッカと朝から稽古をしたりなんだりで、ずっと行動を共にしていた。
 そして今、その稽古を終え、縁側に座る彼女たちが思い返している『三時間』前というのは、昼時のことだった。
 外で食べて済ませよう……そう思ってぶらついていた町中で見つけた、桜の木のすぐ脇の、ちょうど桜色の暖簾。『そば』と大書きされていたから、そば屋であることは間違いがなくて。
 けれど、その横に小さく書き足された文字が、三時間前の彼女たちをその店から遠ざけ、そして今現在の彼女たちを、その場所に再び誘おうとしている。
 曰く、『桜、入ってます』。
「気になりますよね。……結局、かつ丼のお店に入っちゃいましたけど」
「ね。桜味なのかな」
 沈黙。
 三秒。
「……かつ丼、そろそろ消化されてきたような気がしてます」
「僕も今まさに成長期が来て、早く膝に栄養をくれって言ってるような気がする」
 沈黙。
 今度は五秒。
「……クラハさんなら場所、ひょっとして覚えてたりする?」
「ばっちりです」
 言って、彼女たちは立ち上がる。
 少年少女。好奇心の尽きない十代ふたり。
 基本は一日三食で、時には五食、場合によっては十二食も辞さない。そういう心構えで生きている。


  ❀


 結論から言うと、空振りだった。
「おーい、ガキども。お前ら今日なんか食いてえもん……どした。意気消沈して。そんなに腹減ってんのか」
「いえ、あの、……はい」
「そのつもりでお腹減らしたのに、何も入んなかったからさー……」
「あん? なんか食いそびれたのか」
 道場での食事は、大抵サミナトかヴァルドフリード、それから帰ってきていればチカノの母、その三人のうちの誰かが作ってくれる。初めの頃はクラハも手伝おうとしたけれど、結局色々なやり取りがあった末にこの形に落ち着いた。この『色々』にはたとえば、「なら俺も手伝うよ」と黒髪の不審人物が台所に侵入を始めるなどの工程が含まれている。
 そしてイッカも、よく道場で夕食を摂るし、泊まったりもする。これもやはり色々なやり取りがあった末にこの形に落ち着いたらしいが、こっちの『色々』はかなり年季が入っているので、クラハもよくは知らない。そのうちもっと仲良くなったら知るのかもしれないし、案外ずっと知らないままで終わるのかもしれない、と思っている。
 で、それはともかくとして。
「間食に行こうとしたお店が見当たらなかったんです」
「ねー。おかしいよね。クラハさん、完璧に道覚えてたし、迷うはずないのに」
 この場の本題は、そっちの方だった。
 だいたい午後三時から四時くらいのこと。ふたりは連れ立って歩き出し、その最中に腹をぐーぐー減らし、正しく記憶通りに、その『桜、入ってます』の店まで辿り着くまでの道のりを進んだ。
 しかしどういうわけか、あるはずの場所から、その桜色の暖簾は消え失せていたのである。
 これは『ダメだったことリスト』行きだとクラハは決めているし、もう今夜綴る三ページ分の内容は決めているし、何ならこの場の自分の存在理由にも関わる部分なので、明日からはどんどんこの方向感覚を鍛え直さなければならない、と心を新たにしてもいるのだけれど。
「ほーん……。クラハでダメか。んなにわかりづれえところにあんのか?」
「いえ。そんなにわかりづらいというわけでもないと思うんですが……」
「暖簾が仕舞ってあるからわかんないのかと思ったけど、桜の木もなかったもんね」
 でもあれは店がおかしいよ、とイッカが慰めてくれる。
「僕、クラハさんと一緒にいて一回も迷ってるところ見たことないし。大体ジル先輩と普通に旅できる人が辿り着けないようなお店があるわけなくない? お店に足が生えて山の向こうに逃げて行ったんだよ、きっと」
 さらにものすごい慰め方もしてくれる。
 気持ちは嬉しかったので、クラハは「ありがとう」と微笑みかける。「へへへ」とイッカは、今のよかったでしょ、とばかりに笑い返してくる。
「――桜の木?」
 そして、ヴァルドフリードが呟く。
「もしかして、そば屋か? 桜色の暖簾の」
「あ、そうそう!」
「ご存じなんですか? ヴァルドフリードさん」
 ああ、と彼は頷いて。
 それから不意に、別の男の声も聞こえてくる。
「おーい、ヴァルド。今日の晩飯なんだが、チカノたちの帰りが遅くなるみたいだから……おや。ふたりもいたのか」
 と。
 三人のいる部屋に、ふらりとサミナトがやってきて。
「食いに出るってか?」
「ああ。ついでに明日からの食材はふたりに買ってきてもらうつもりだから、今日はそっちの方がいいだろう」
「ナイスタイミング」
「ん?」
 にやり、とヴァルドフリードは笑って。
 かくかくしかじか、と先ほどまでの話をして。
「ああ……なるほど。あそこのそば屋か」
 すると、サミナトは。
 懐かしいな、と呟いて、笑った。


  ❀


「寒くないですか? イッカさん」
「うーん……もう一枚羽織ってきた方がよかったかも」
「春っつってもまだ夜は冷えんな」
「イッカ、私のを着るか?」
 この町の春の夜は、不思議なくらいに白い。
 長く続いた雨の終わりは、山から雪のような花びらを連れてきた。少し強い風がひゅうひゅうと吹き下ろして、見れば見るほど花だらけ。晴れと曇りと雨と雪、そこに新しく『花』という天気を付け加えたって構わない。町の底は花びらの絨毯が敷かれて白く、家々の屋根も、また視界に映る景色もちらちらと輝いて、ときどきクラハは、夢の中を歩いているような気持ちになる。
 大丈夫大丈夫、とイッカがサミナトの羽織を貰うのを断って、それでも寒そうだから、とクラハは神聖魔法で少しだけ彼を温める。ありがとクラハさん、と笑って礼を言われれば、やはりこちらも笑みがこぼれる。
 夜になったら行こう、とは大人ふたりが言い出したことだった。
 それも並大抵の夜ではない。ほとんどの食事処が閉まって、人々の多くは寝静まって、もしクラハがひとりだったら、ちょっとイッカを連れ出すのを躊躇ってしまうような時間帯。夜更けも夜更けに四人は、花びらがかき分けた春の闇の隙間を、するりするりと歩いていた。
「おふたりは、何度か召し上がったことがあるんですか?」
「一応、私は何度かな」
「俺はすんげえ昔に一回こっきり。じっさまとばっさま――俺らの師匠に連れて来られてなあ。こんな感じで、並んで歩って食いに行ったんだよ。まだ覚えてら」
「ああ。あの頃はまだ私の方が背が高かったな」
「だっけか。んじゃ……いくつだ? そっちは覚えてねえな」
「えっ、ヴァルドフリード先生に小さかった頃なんかあるの!?」
「俺が生まれてこの方このガタイだったと思ってんのか? 言っとくが身長なんざ三十五までは平気で伸びるぞ」
「それはお前だけだ」
「骨も歯も増える」
「うちの弟子に嘘を教えるな、嘘を」
 へええ、とイッカは言った。
 そしてこちらをちらりと見る――その意図がちょっとだけ、クラハにはわかる。まだ自分の方が、彼より背が高い。
「私も、三十五歳まで伸ばしたいです。もうちょっと筋力が欲しくて」
「あって困ることはねえからな。あっちの理屈小僧によく訊いとけ。俺と力比べができんのは古今東西探してもあいつくらいだ」
「僕も欲しいなー。あと歯も。虫歯になったとき便利そうだし」
「一応言っておくが、イッカ。歯が何本あろうが虫歯は抜いたり削ったりしなくちゃならんのだぞ」
「やっぱ要らないかも」
 しんとした角を曲がる。月と星の明るい空の下を、まるで迷うことなく先頭のふたりが進んでいく。クラハはイッカとともにそれについていく。時折、前のふたりが手慰みのように宙に浮かぶ花びらを捕まえる姿に昼間の自分たちを重ねながら、さてここまでは自分の記憶していた通りだけれど、と思ったところでふと気付く。
「――あれ?」
「ん?」「どしたの?」
 足を止めかけて、サミナトとイッカに目をやられ。
「あ、すみません。なんだか昼に通ったときより、ここから向こうまでの距離が長いような気がして……」
 自分でも何を言っているのだろう、というようなことを口にすると。
「……マジか。これでわかんのか?」
 振り向いたヴァルドフリードが、驚いたように目を丸くして、言った。
 それから彼は、ぴゅう、と口笛を吹いて。
「天性か努力か……ま、んなのはどっちでも変わんねえけど、こんならひょっとすると――」
 三回目は自分で来れるかも知んねえな、と。
 その呟きの意味を訊ねる前に、辿り着いてしまう。
「あ、」「あ、」
 若いふたりが、口を同じ形に開けて。
 見たのは、桜色の暖簾と。
「ここです。昼に来たところ」
「あれー……。ここ、二回目も通らなかった?」
「通ったような、気がするんですけど」
 その暖簾のすぐ近く、店の前にかかるように真っ白な花を咲かせた、桜の木。
「……ありませんでしたよね。あの木」
「急に生えたのかな」
「かもな」「ひょっとするとな」
 ヴァルドフリードとサミナトのふたりが、『桜、入ってます』の暖簾へ行く。ヴァルドフリードが戸をがらりと開ける。サミナトがその戸を押さえて、先に中へ、とクラハたちに促してくれる。その間にヴァルドフリードは「四人」とだけ言って店の奥へと進むから、クラハはイッカとともに、サミナトに頭を下げてついていく。
 それほど広くもなければ、狭くもない店だった。
 椅子は十四脚。四人掛けのテーブル席が二つに、カウンター席が計六つ。落ち着いた、茶がかった配色の内装で、壁にかかった木板に品書きがされている。
 そして、店員の姿はひとつも見当たらない。
「お前ら何にする?」
「え」「え、ちょっと待って。まだ決めてない」
「私はとろろにしよう」
「俺は天そば」
 えーっとえーっと、とクラハはイッカと一緒になって、品書きに目を通す。
 それほど変わったものはない。この町の他のそば屋に置いてあるのと大差はない。だから、焦っていてもそれほど間を置かずに、食べたいものを決められる。
「月見そばにします」
「うーん……肉、はないから……かき揚、あ、やっぱ天とじ!」
「あいよ」
 言ってヴァルドフリードは、カウンター席の方へと歩いていく。
 クラハはそこで、初めて気付く。その席の向こうに、ちょうど丼を乗せた盆が通るくらいの穴が開いている。穴の向こうに何があるのかは、残念ながら見て取れないけれど……。
「天そばと月見、あと天とじと……なんだっけ?」
「とろろ」
「とろろ、全部ひとつずつ」
 それだけ言うと、ヴァルドフリードはテーブル席に座った。
 サミナトも、流れるようにその隣へ。だからクラハとイッカのふたりもそれに従って、同じように残りの二席を埋める。
 静かな店内だった。
 本当に今の注文が通ったのか、実は誰もいない店舗の中に勝手に入ってしまっているのではないか……そんな不安がもちろんクラハの心の中にはあって、しかしそれを打ち消すように、サミナトが笑って言う。
「それにしてもよく覚えているな、お前」
「おん?」
「注文の仕方が手慣れてる。常連じみてるよ」
「そこまで細かく覚えてねえよ。ただの旅慣れだ」
 ふむ、とサミナトは頷いた。
 だからか、と言って。
「そこまで覚えていて、そばが出てくるまでの時間を覚えていないのは不思議だと思ったんだ」
 かたり、と彼は席を立つ。
 だから自然、残りの三人は彼がどこに歩いていくのかを見守ることになり――そしてすぐに、さっきの発言の意味が理解できる。
 ついさっき注文をしたカウンターの向こうから。
 穴を通して四人分の丼が、すっかり湯気まで揺らして、盆の上に乗っていた。
 こちらが立ち上がる間もなく、サミナトがその盆を手にテーブルまで戻ってくる。天とじ、月見、天ぷら、とろろ、と順に、一膳ずつの箸とともに振り分けてくれて。
 いただきます、とすっかり食べ始めてしまうので。
 クラハはイッカと、顔を見合わせる。
 夜に、こうして大人ふたりに連れて来られた静かな店。姿を見せず、声もない店員。『桜、入ってます』の真相。そういうことに、ちょっと身構える気持ちがありながら。
 しかし最後は、お互いに頷き合って。
 箸を手に取って。
 温かなつゆにその先を浸して、麺をつまんで、持ち上げて、湯気を頬の当たりに受けながら口まで運んで。
 その瞬間に、わかった。

 なるほど。
 これは桜が入ってる。


  ❀


「あれ、」「お?」
「……おかえり」
「おかえりー。結構遅かったですね。冷えたでしょう」
 屋敷に戻ってくると、ジルとチカノのふたりが待っていた。
 ヴァルドフリードとサミナトのふたりとは、少し前に別れた。いい日だから部屋でふたりで飲む、というのが理由。ひとしきりクラハは、イッカとともに今日の礼を言って、さてそれからはやることもないからと各々の部屋に戻ろうとして、その途中。
 通りがかった部屋の中、机を挟んで、ジルとチカノのふたりがいて。
 ジルの方は、机に額を押し付けて、一方でチカノはやけに楽しそうに、こちらを迎え入れてくれた。
 ただいま戻りました、とクラハは言ってから。
「お戻りになったんですね。てっきり今日は、向こうに泊まられるのかと」
「一応宿は用意してもらってたんですけどね。あんまり長引かなかったので、お土産だけ貰ってさっさと帰ってきました」
「お土産!?」
「いま食べてきたばっかりでしょう。しかも寝る前に……。明日にしなさい、明日に」
 イッカを窘めるチカノは、おそらくサミナトたちが残した『外食してきます』の書き置きを読んだのだと思う。だから、彼女の言うことには特にクラハは疑問を覚えなくて。
 代わりに、気になったのは。
「……あの、ジルさんはどうかしたんですか?」
 先ほどから一貫して顔を伏せたままの、眼鏡の青年のことになる。
「屈服してるんです。私の話術に」
「……こいつ今日、朝からずっと横で怪談を喋ってるんだ」
「面白かったでしょう」
「面白ければ許されるとかそういうことじゃないからな」
 どうしてそんなことに、と素朴な感想をクラハが抱いていると、横からイッカが、
「そっか。もうすぐ夏だもんね……」
 妙に納得したような声音で、そう言った。
 どういう意味だろう、と不思議に思って彼を見れば、やはり親切に、
「うちの町、夏に肝試し大会があるんだよ。で、毎年そこで百物語とか……わかる? 怪談百連発みたいな」
 その言い方だとすごい賑やかそうな催しですね、とチカノの相槌があって、しかし。
 なるほど、とクラハも遅れて納得できた。
「それに向けて怪談の練習をされてたんですね」
「いえ。純然たる嫌がらせですね」
「正直なら許されるとかそういうことじゃないからな」
 ははは、とチカノは笑って誤魔化した。
 それから、ふ、と視線を空中に留めて。
「……慣れないことをしたから、今日はもう眠くなってきましたね」
「やりたい放題か?」
「まあね」
 まあねじゃないだろ、というジルの抗議もものともせず、チカノは立ち上がって、イッカの隣に並んで。
「というわけで、私たちはもう寝ます」
「え、僕も?」
「寝る子は育つ」
「寝る。今すぐ」
 そこから「おやすみなさい」が四人分あったのち、チカノは彼と並んで、廊下へと出ていく。
 だから、それじゃあ、とこちらも。
「……寝ましょうか」
「ああ。俺も今日は、会議とか出て疲れた……」
 うん、とひとつジルが背伸びをして立ち上がるから。
 お疲れ様です、とクラハも彼とともに、廊下に出ていくことになる。
 相も変わらずの春の夜だった。庭は花びらにまみれていて、どこに池があったのだかもよくわからない。月のきらめきが静かに岩に沁みとおって、額のあたりに澄んだ音を残す。そんな宵を横切って、ふたりは歩いていく。
「肝試し大会なんてあるんですね」
 話の切り出しは、クラハから。
「ジルさんも参加したことはあるんですか?」
「ああ。夏の始まりくらいにやるやつだから、何もなければクラハも今年は参加できるんじゃないかな。……あ、怖いの大丈夫か?」
 大丈夫です、と答えて、むしろ好きかも、と心の中で思えば。
 そっかよかった、とジルは笑って、
「この肝試し大会って、子どもも参加するんだけど、元が『危ないから山に近付くな』っていうのを伝えるための行事だったらしくて……だから、かなり容赦なく怖いんだ」
 そうなんですね、と頷いて。
 ふと、好奇心が……今日一日、自分を振り回してきたそれが性懲りもなく顔を出したから、ついクラハは。
「じゃあ、やっぱり今日チカノさんに語られた怪談も、かなり……?」
「……うん。あいつ、実話っぽく語るの上手いから。特に、この屋敷に関わるやつとか妙に細かいところまで詰めてあるし」
 もしかすると本当に実話なのかもしれない、とまで言われれば。
 それなら自分も聞いてみたい、という気持ちがクラハの中にも芽生えてくる。明日、もし時間の都合が合えばチカノと一緒に食事にでも出かけて、そのときに聞かせてもらおうか。いや、それとも肝試し本番まで楽しみに取っておいた方が……。
 そんな風に、考えを巡らせていると、
「でも、たまに全然怖くないのもあるから、どうなるか気になって結局最後まで聞いちゃうんだよな。桜そばの話とか、ちゃんと好きだし」
「え」
 突然。
 そんな風に、言い出すものだから。
「小さい子どもが、一度見かけた『桜のそば』っていうのを出してる店を忘れられなくて、探し回る話なんだけど」
 ジルは語る。
 あるはずの店がなかったり、と思ったらさっき通ったはずの場所に突然桜の木が生えていて、そのすぐ傍に桜色の暖簾がかかっていたり。ここだ、と思って入ったらそこの店主は実は……と。
「この話、チカノから聞いた方が面白いから、全部は言わないけど。俺が言っても『お前が方向音痴だからそうなってるんだろ』って感じになるし」
「あ、いえ、そんな」
 それはちょっと。
 何とも言えないところがあるので、何とも言えないけれど。
「でも、その店に辿り着くまでの方法が面白かったりして……聞き終わると、本当にそばが食べたくなる」
 たぶん喜んで話すだろうから、気になるならチカノに聞いてみるといい、と彼は笑って。
 そういえば、と。
 訊いてほしいことを、訊いてくれた。
「そばで思い出したけど、クラハは今日、何食べてきたんだ?」
 きっと今ごろ、チカノもイッカに、同じことを訊ねているのではないかと思う。
 そしてきっと、同じように答えるのではないか、とクラハは思う。
 とても美味しいところだった。
 桜の木のすぐ近くにある、桜色の暖簾のかかったそば屋に、ヴァルドフリードとサミナトに連れて行ってもらった。
 そこはどうにも不思議なところで、店員が居なかったり、あまりにもすぐに頼んだものが出てきたり。それどころか、そもそもお店自体があったりなかったりで、辿り着くのも大変なところで……なんて。
 そんなことを、答えて。
 そして最後に、こんな風に付け足すのだと思う。

「桜が入っていたんです。
 よければ今度、一緒に行きませんか」

 彼の前髪にふわりと舞った花びらに、そっと指を伸ばしながら。
 不思議とクラハは、もう一度、辿り着けるような気がしている。

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