書き下ろしSS

人の姉が嫌がったので、どう見ても姿絵が白豚の次期伯爵に嫁ぎましたところ 3 ~幸せの未来予想図~(完)

清楚! 白豚学園!

「いけない……このままでは遅刻してしまうわ……」
 学園の制服に身を包み、予鈴を後ろに聞きながら速足で進む。
 私はミモザ・ノートン。ノートン子爵の娘で、一学年上に美人の姉がいる白豚学園の二年生。
 エントランスで予鈴が聞こえて、急いで2階の二年生の教室に向かっているところだ。
 長く伸ばしっぱなしだった髪は、読書の邪魔になるから三つ編みにしているの。速足で一歩踏み出すごとに背中で跳ねるのが分かった。だいぶボリュームがあって、荒縄ヘア、と自分でも思っているけど、これ以上最適な髪型を知らないし。
 ちょっと人には見られたくないけれど、遅刻するよりはマシのはず。
 今日は登校のために馬車に乗ろうとしたら、姉のカサブランカに先に乗り込まれて出発されちゃった。家に馬車は一台しかないし、カサブランカはいつも二時間目からしか授業に出ないのに、今日はなんでこんなに早く登校したんだろう?
 家から学園までなんとか歩いてきたのだけれど、校門を潜った時にはもう誰もいなくって……。
「つ、ついた……!」
 教室の後ろのドアをそっと開いて、窓際最後尾の席にこそこそと向かう。
 誰も後ろを見てなくてよかった。なんだか、噂話に夢中みたい。
 とはいえ、私は噂話をする友達もいないのだけれど。
 席につくと同時に本鈴が鳴った。
 セーフ、よかった、間に合った……。
 ほっとしたのも束の間、すぐに担任のアレキサンドラ先生が教室に入ってきた。
 いつも学園にふさわしい品があるドレスをお洒落に着こなし、明るい表情と楽しいお話で人気の女性の先生だ。
「皆さん、今日は今年、副担任についてもらう先生をご紹介しますね。……あら、もう噂が広まっていたのかしら。ふふ、ではパーシー先生、入ってください」
 教室では既に期待と好奇心できらきらと輝く視線を前に向けている人ばかりだ。
「ははう……アレキサンドラ先生。愛称じゃなくちゃんと紹介してください」
 教室に入ってきたのは、背が高く、肩が広く、春の陽射しのようにまばゆい金髪と春の晴れ空のような青い瞳の美しい人だった。
 一番後ろの席で私なんて目立たないはずなのに、教室を見渡したその人と目が合う。
 どきっとして顔が熱くなるのを感じたけれど、目を逸らせない。なんだか優しく、青い瞳が細められたような気がして。
「さて、ご紹介に預かりました。パーシヴァルです。一年間よろしく」
 簡単な挨拶だが、爽やかに微笑んだ顔と柔らかな声に教室中の心はばっちり掴んだようだ。
 ――私とは違う、なんて明るくて眩しい人だろう。そう思った。
 この後きっと、あの先生はいろんなクラスメイトに話しかけられて、人気者になる。そういう空気をひしひしと感じる。
 でも私は……きっと近付けもしない。そんな勇気はないし、私の評判が最悪なことはよくわかっている。
 机の下でスカートをきゅっと握って胸の痛みを誤魔化すうちに、一時間目の授業が始まった。

   ◇◇◇

 あっという間にランチの時間になった。
 今日は何かとパーシヴァル先生と目が合ってしまって、だからといって何があった訳でもないけれど。ただ気疲れしてしまった。
 お弁当の入った鞄を持って教室を出る。いつも図書館の準備室で司書の先生と一緒にお昼を食べているのだ。
 司書のメディア先生がいなければ、私は義務ではないこの学園に通い続けることはなかっただろう。
 一つ上の姉、カサブランカが、私のことを入学前からせっせとあることないこと噂を流してくれたせいだ。
 いつでも引きこもっていて風の噂で聞いた令嬢の名前と悪口をノートに書き綴っているとか、時には被害妄想で呪詛を呟いているとか、呪いの人形を作っているとか……私、どんなオカルト愛好者なのかしら、と入学してすぐに知ったその噂を聞いてびっくりしてしまった。
 司書のメディア先生は謎の小説家『アレックス・シェリル』のファンとしての同士だ。
 すごく上品で少しだけつんけんしているけれど、とても礼儀正しい素敵な先生。
 学内での私の評判なんて気にせずに、好きなものが一緒だからそれでいいじゃない、と一緒にいてくれる。
「こ、こんにちは、メディアせん、せ……」
「おや、ミモザさん。こんにちは、お昼ご飯かい?」
「は、は、は、はい」
 なんでここにいるの? と頭の中が絶叫で埋め尽くされる。
 図書館のカウンターでメディア先生と話していたのは、今日から副担任になったパーシヴァル先生だ。
 あらためてまばゆい金髪に青い瞳の、整った顔立ちだなとまじまじ見てしまう。
 教師だからか、シャツにグレーのベスト姿だけど、姿勢もいいし身体も厚いのでどこかの貴公子のようだ。
「今、メディア先生にもご挨拶していたんだ。もう行くから、ゆっくりお昼を食べて欲しい」
 それじゃ、と言って爽やかに去っていく。すれ違ったときに、なんだかいい匂いがした。
「……すてき」
「メ、メディア先生!?」
 そこにはすっかり骨抜きにされたメディア先生が残されていた。暫く彼が去っていったドアをじっと見つめて、いくら呼びかけても戻ってこない。
 なんとか準備室に連れていったのはいいのだけれど、メディア先生が正気を取り戻した時にはランチはあと10分しか時間が残っていなかった。

   ◇◇◇

 どうにかランチを済ませて教室に戻ったのは、またもや予鈴が鳴り響く時間だった。
 今日は色々と遅れる日なのかもしれない。
 午後の授業中も、やたらとパーシヴァル先生と目が合ったような気がする……もしかして、朝も昼もぎりぎりに教室に戻ってきたから不真面目な生徒だと思われているのかな。
 それは嫌だ、という気持で午後の授業を一生懸命に終えた。
 帰りはへとへとに疲れたので、なんとか馬車で帰りたい。
 メディア先生の様子も変だったし、今日は図書館に寄らずにこのまま帰ろう。そう決めてエントランスに向かう。
 時間に余裕がある時には、あまり校舎中央部の階段を使わないようにしている。
 私の評判が最悪なので、少しくらい脅かしてやってもいいだろう、という人がいるのだ。怖いので、全く使われない階段を使用する。
 すなわち、校舎の端っこだ。
「……って、こんなに素敵……」
「いや……るよ、生徒……か……」
 階段が見えてきたところ、人気のない特別教室付近の廊下で、人の声がして一度足を止める。
 間違いなく階段から聞こえてくる。どちらも聞き覚えのある声だ。
 あまり聞きたくはないが、中央階段を使うのは嫌だし、様子を見ないと出ていくタイミングもわからない。
 盗み聞きの趣味はないけれど、ここを通れないとなると正反対の校舎の端まで歩かなければいけなくなる。
 本来遠慮する必要なんて一つもないのに、どうしてこんな場所で、と思いながらそっと踊り場の方を伺うと、やっぱり思っていた通りの人たちがいた。
(カサブランカ、と……パーシヴァル先生)
「いいじゃないですかぁ、先生♡ 私のような美人、卒業と同時に婚約が申し込まれてもおかしくないですよ?」
「うん、そうだね。でも、君は生徒で私は教師だ。だから、君の言うように誘いに乗るわけにはいかないんだよ。分かってくれるかな」
 すごく優しく丁寧に常識を諭しているパーシヴァル先生の腕に、なんとか縋り付こうとするカサブランカの攻防が繰り広げられていた。
 どうしよう、姉が男性を誘惑するという世界一見たくないシーンだ……。
 諦めて校舎の反対側まで歩こうかと思っていると、突然そのシーンは終わりを迎える。
「じゃあ、悪いけどもう行くよ。私は用があるんだ。カサブランカ嬢、もし次何か用事があるのなら、職員室に来て欲しい」
 そこで言えないような用事は聞かない、という明確なくぎを刺してパーシヴァル先生は去っていった。
 カサブランカは口惜しそうに一度床を思いっきり蹴る。
「なんなのよ……ちょっと見目がいいから、味見してやろうと思っただけじゃないの……」
 低い声でぼそりと呟く内容のあまりの恐ろしさに、私は両手で口を抑えた。
 その『味見』とやらで、教師であるパーシヴァル先生の立場も職も信頼もなにもかもが消えてなくなるのだ。
 先生はそれを分かっていてカサブランカをあくまで窘める程度にして去っていったようだけど……カサブランカの火がついてしまったのだから、先生早く逃げて、という気持でいっぱいだ。
 しかし、ほぼ見知らぬ人であるパーシヴァル先生にわざわざ忠告に行ける程、私の社交スキルは高くない。彼の人生がめちゃくちゃにされる可能性を考えれば、少しくらい勇気を出した方がいいのは分かっているけれど……。
「何のために朝から登校したと思っているのよ。放課後になって、やっと捕まえたと思っていたのに……」
 そんな事を呟きながらカサブランカが階段を下っていく。
(わ、私が今日、いろいろと遅れそうになったの……パーシヴァル先生のせいー?!)

* * *

「もうやだ、忠告なんてしないわ……っ、あれ?」
 自分の声で目を覚ます。
 目の前には途中までの刺繍があり、針はなんとか生地に通して眠ったようだった。危ないので、刺繍中の居眠りは気を付けなければ。
 もうすぐパーシヴァル様が仕事を終えて帰ってくる時間だ。
 私はシャルティ邸の自分の作業場を簡単に片づけると、お迎えの為に一階に向かう。
 それにしても、奇妙な夢だった……と思う。内容はほとんど覚えてないけれど……。
 カサブランカが出てきたのにはビックリしてしまった。
 もう会いたくはないけれど、元気にしているだろうか。あまり深くも考えないでおこう。夢の中と似たようなことを今もやっていたら、きっと関わると大変なことになるだろうし。
 しかし、なんで学園の夢だったのかな……私は学園に通ったことが無いから、憧れてしまったのかしら。
 今日の夜、パーシヴァル様に話してみよう。そして、パーシヴァル様の学園生活を少しでもいいから聞いてみたいと強請ってみよう。
 一階のエントランスに降りると、門を潜る馬車が見えた。

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