書き下ろしSS

は影の英雄じゃありません! 世界屈指の魔術師?……なにそれ(棒)2

外出の道中

「カルアさーん、引き籠もりンヌ常習犯の俺を連れてどこに行くっていうんですかー? プライバシーさんのボイコット継続中なのに被害者前に出たらいいパパラッチの的になると思うんですけどー?」
 とある日の昼下がり。
 フィルは「仕事ないでしょ。行くわよ」という端的かつ脈絡のない言葉によって街へと連れ出されていた。
 相変わらず活気に溢れており、往来は人通りがそれなりに激しいものであった。
「女の子と一緒に出掛けるって言ったら決まってるじゃない」
 もちろん、横には言い出しっぺのカルアが並んでいる。
 相も変わらず、外行きの服装ではなくメイド服だ。
 それでも絵になるのだから、カルアの容姿の整い具合には舌を巻いてしまう。
「ふむ……ということは娼k「ずぷり♡」目がァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
 とりあえず目的地は娼館ではないようで。
 公衆の面前であるにもかかわらず、フィルは地面でのたうち回ってしまう。
 ド忘れしそうになるが、フィルはここ最近『影の英雄』として一躍有名人。そんな人間が情けなくも地面でのたうち回っていればざわつきなど必須。
 一応補足しておくが、カルアは自身の速度を上げる魔術。初速は音速に近く、戦い慣れしていない一般人が目で追えるわけもなし。
 故に「いきなり『影の英雄』様が奇行に走ったぞ!?」、「なんか懐かしいわね」、「いや、もしかしたらあれにも意味があるのかも……」と、カルアがした行動によるものだとは気がついていなかった。
「馬鹿ね、娼館なわけじゃないでしょ」
「その言葉だけで充分だったのでは……ッ!」
 目を潰す必要ないだろ、と。フィルは涙が滲む瞳を押さえながら立ち上がる。
「私が行くのはドレスを見繕うためよ」
「あれ? この前ミリス様と一緒に買ってなかったっけ? ……元気してるかなぁ。あの純真無垢な瞳が懐かしいぜ」
「あら、私だって純真無垢よ? ほら、この透き通った瞳は自慢じゃないけど綺麗だと思うの」
「その透き通った瞳には俺の目がどう映ってますか、お嬢さん? 悲惨でしょう?」
 それが純真無垢の人間が起こした光景である。
 なのでもう一度言えるなら言ってくれ。この目を見てもう一度言えるものなら言ってみなさいお嬢さんッッッ!!!
「私は純真無垢よ」
 言い切った。
「あれか、俺が純真無垢の言葉を履き違えているだけか。もう一度国語の勉強からやり直した方がいいってか?」
「困ったわね……この歳で家庭教師を雇ったら皆から笑われちゃう。特にフィルが」
「俺、皮肉のつもりで言ったんだけど伝わらなかった感じ? 本気で国語勉強しないといけないの?」
 お嬢さんはどうやら本気で純真無垢だと思っているようだ。
 平気で他人の手紙を燃やし、平気で他人の目を潰しにかかってきているというのに。
「まぁ、歳頃の令嬢だったら普通はもっとほしがるもんか。流行りに遅れないようにしがみついて自慢するのが生きる意味だもんな」
「あなたの中での令嬢のイメージがだいぶ捻じ曲がっているような気がするけど……でも実際に流行りに乗り遅れたら恥をかくのは間違いないわね」
「それはそれはなんとも楽しいマウントの取り合いなこって。お茶会はいつから白熱するスポーツに変わったんだ?」
「そういう場所なのよ。といっても、私はもう参加してないけど」
 だからこそドレスを見繕う必要がある。
 お茶会に参加すればある程度これからの流行りや今の旬をリサーチできるが、参加していないからこそ情報収集が難しい。
 これで次にもし参加するとして一段階遅れたドレスでも着ていけばどうなるか? 間違いなく恥さらしは確定だ。
 故に、行かないと分かっていても定期的に見繕わなければならない。
 いつ何が起こるか分からないのだから。
「確かに、カルアが恥をかくところは見たくないな……」
「あら、ありがと」
「分かった、そういうことなら納得しよう───俺が同行している理由以外は」
「あなたに選んでほしいからだけど?」
「…………」
 あまりにもストレートな言葉にフィルは思わず硬直する。
 そして、すぐに薄らと染まった頬を見せた。
「……そういうの、俺が言う側じゃね? 男の照れなんてどこに出しても需要がないだろ。買い手がいなくて棚に残る余りもんだぞ」
「ふふっ、いつもの仕返しよ。それに、私は結構需要があるわ。いい値で買ってあげるから、価格はありありと決めてもいいわよ」
「……だったら、着飾って綺麗な姿を見せることを代金とする」
「ちょ、ちょっと……やり返さないでこないでよ」
「俺、やられたらちゃんとやり返す男だし……」
「だったら綺麗な姿を見せてあげる、わよ……」
「お、おう……そっか」
「えぇ……」
「…………」
「…………」
 薄らと頬を染め、どことなく顔を逸らした二人。
 距離は近いのに、どうして顔を背けるのか? その理由など傍から見れば一目瞭然。あまりにも明確で初々しい姿は周囲の人間が一様にほっこりするほどであった。
「よ、よーし! さっさと服屋に行くか! この空気は胸焼けする間違いない!」
「そ、そうね! 早く行きましょう!」
 自分達で生み出した微笑ましい空気を霧散させるように、わざとらしく声を上げて早足を始めるカルアとフィル。
 その姿も間違いなく微笑ましいそもそもなのだが……二人は周囲の表情など視界には入らなかった。
 何せ頭の中は気恥ずかしさと、妙な照れ臭さでいっぱいいっぱいだったのだから。

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