書き下ろしSS

田舎のおっさん、剣聖になる 7 ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~

片田舎のおっさん、新たな楽しみを見出す

「ベリル・ガーデナント様。お食事をお持ちいたしました」
「ああ、どうもありがとうございます」
 遠征中のとある日。当初の予定通り今夜宿泊する町に到着した俺たちは、各々が案内された宿なり権力者の館なりに連れられていた。俺は予想はしていたけれど後者だ。
 出来れば宿で気ままに一人飯、と洒落込みたかったが、まあそれは叶わぬ夢として既に諦めている。通された館の一室も俺専用に充てられてはいるものの、やはりお偉いさま方の管理する館で過ごす、というのは精神衛生上あまりよろしくはない。これも慣れなきゃいけないのは分かってはいるんだが。
 そして今は、俺がそうやってそわそわしているところに、この館の侍女さんが晩飯を運んできてくれたところ。
 トロリーに載せられた豪華な食事が室内に運び込まれるのを、俺はただ眺めるだけであった。こういう時、俺はついつい手伝いをしそうになっちゃうんだけど、それも持て成される側はやっちゃいけないんだとか。じっと配膳されるのを待つ方が心苦しいんだが、そういうものと言われたら納得するしかない。
「では、ごゆるりとお過ごしください」
 そんな俺の気持ちを他所に、てきぱきと食事を用意してくれた侍女さんは、そのままパタリと扉を閉じて去っていく。残されたのは変にそわそわしている俺と豪華な食事。
「……食べるか」
 とりあえず腹は減っているし、料理は温かいうちに食べるに限る。特に今の季節は冬、冷たいエールよりも温かいスープの方が恋しくなる時期だ。冷めてしまう前にいただくとしよう。
「さて……うん?」
 でも熱い料理となら今の季節でも冷たいエールは合うなあ、なんて考えたところで、そういえば飲み物はどうなっているんだと気付く。カップとポットがあるから飲み物があるのは違いない。
 けれどエールならこんなポットに入っていることはまずないし、ワインなら普通グラスを使う。となると、中身は紅茶とかだろうか。あまり食事と一緒に紅茶を飲む習慣がないから、俺の口に合うかどうかが分からない。下手なものは流石に出てこないとは思うが。
「おっ?」
 まあどう転んでも不味いものは出ないだろうと、ちょっと覚悟を決めてポットの中身を注いだところ。出てきたのは湯気がもうもうと立つ、赤みのある液体だった。
「……グリューワイン、かな?」
 ワインの赤みを宿した液体から、葡萄の香りと他の柑橘類、そして微かにスパイスの香りも混じる。
 これはあれか、ワインに香辛料を加えて熱したやつか。ビデン村では安物のワインを呷ることはあったけれど、わざわざ温めたことはない。その手間が単純に面倒くさいからね。
 それにただワインを温めただけではなく、他の柑橘類や香辛料をいちいち取り揃えるのも金と手間がかかる。よって、あんな片田舎で簡単に飲めるものではないということだ。
 当然俺も飲むのは初めてである。食事に合うかはまだ未知数なれど、ワイン自体は比較的何の料理にでも合うから、そこまで心配する必要はなくなったかもしれない。
「どれどれ……」
 眼前に並んだ料理も熱々のシチューやふかふかのパン、焼きたての肉など非常にそそるメニューではあったが、まず気になったのはグリューワインが如何程かという話だ。息を吹きかけて少し冷ましながら、恐る恐るといった感じで口をつける。
「……おお、いいかもしれない」
 熱したことでワインの渋みがいくらか抑えられ、そこに加えられた新たな甘みと酸味、そして本当に微かに鼻にくる感じの香辛料の鋭さ。
 うん、悪くないぞ。エールのように一気に呷るのは難しいにしても、ご飯のお供として喉を潤すには十分に役目を果たすだろうし、何より美味い。室内と言えど、外気温が下がっているこの季節では実にありがたい温かみであった。
「肉にも合うしパンにも合う。いいなこれ」
 パンをシチューに付けてパクリ、その後にグリューワインをゴクリ。焼きたての肉を口に運んでモグリ。その後にまたグリューワインをゴクリ。
 うむ、かなりいい。ただの水とは違う確かな舌触りと、エールや普通のワインでは楽しめない香辛料のキレ。これはちょっと冬限定ではまりそうだな。暑い季節では流石にエールがいいけれど。
「……ふぅ」
 そんな感じでモグモグ飯を食べていたら、あっという間に完食してしまった。グリューワインもちゃっかりお代わりを注いで二杯目である。
 グリューワイン。これも新たな発見と言えようか。バルトレーンに帰ったら、自宅でこれを作ってみてもいいかもしれない。香辛料は決して安くないが、今の収入なら恐らく無理なく買えるという現実も後押ししている。つくづく金があって困ることは少ないな、本当に。
「ごちそうさまでした」
 グリューワインに気を取られていたが、出された料理も普通に美味しかった。遠征先でも美味い飯と温かい寝床にありつけるのは、これもまた功名の一つと捉えられなくもない。
 食事を平らげ、後に残されたのはその肩書と、寄せられている期待に最低限は応えないといけないなという気持ち。無論、何事も起きないことが最上ではあるものの、何かが予見されているからこそ俺が引っ張られたとも言える。
 何が起きるかは分からないけれど、剣で解決出来ることなら頑張りたい。そう思えるくらいには、俺も少しは成長したということかな。
「あとは風邪をひかないようにしないと」
 何事かが起こる起こらないにかかわらず、体調を崩すなんてことはあってはならない。グリューワインの熱がいい感じで身体に残っているうちに、早めに床に就くべきだろう。明日も早いしね。
 ちょっとした食事のサプライズを勝手に受けながら、今日も今日とて夜が更ける。スフェンドヤードバニアの教都ディルマハカ。そこはもう、目と鼻の先にまで迫っていた。

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