書き下ろしSS

田舎のおっさん、剣聖になる 8 ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~

仲間でライバル

「ようクルニ、おはようさん」
「うっす、おはようっす」
 とある日の騎士団庁舎内。いつも通り自宅から庁舎までの道のりに乗合馬車を使わずランニングしてきたクルニは、まず庁舎内の掲示板に目を通そうとしたところ。
 新しい告知や連絡事項がないかと確認する前に、後ろからやってきた騎士、エヴァンス・ジーンと挨拶を交わす。
 クルニ・クルーシエルとエヴァンス・ジーンは同じ時期に騎士団への入団を叶えた同期だ。加えて年齢も近いことから、二人が知り合って友人の関係に落ち着くまでは早かった。
 クルニは誰に対しても基本的に明るい。それはエヴァンスも同様である。つまり似通った属性を持った二人というわけで、彼らが仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
「お前相変わらず走ってきてんのか。すげえな」
「エヴァンスも常日頃から運動した方がいいっすよ」
「いや、それはしてるけどよぉ……」
 そんな二人は、純粋な剣の技量で述べればほぼ互角。友人として、そしてライバルとして正しく切磋琢磨している真っただ中という、至極健全な関係である。
「まあいいや。なんか書いてる?」
「私も今から見るところっす」
 短く挨拶を交わした後、二人の視線は庁舎内の掲示板へと移った。
 騎士団庁舎には入ってすぐのところ、誰もが目にしやすい場所に掲示板が設置してある。無論、重要な内容は集合をかけて周知されるが、そうでもない雑多な出来事やちょっとした連絡事は掲示板を通して行われることも多い。
 いちいち呼びつけていては効率が悪いし、誰だって毎回呼びつけられるのは面倒くさい。なんなら呼ぶ方も面倒くさい。なのでこうして大して急ぎでもなく、機密性もなく、しかし全体に伝えておきたい内容は紙で貼りだされる。
「あー……そういえばもうそんな時期っすねえ」
「だなぁ。今年はどんな奴が来るのか楽しみだわ」
 貼りだされていた内容に関しては、二人の興味を惹くものが一つあった。つまりは、レベリオ騎士団の入団試験に関するお知らせである。
 無論のことこの二人も、試験を突破して騎士となっているため内容は概ね知っている。今回告知された内容はその日程と、それに伴う人員の配置。ついでにその試験中は修練場が使えなくなるという旨のものであった。
「修練場使えないからな。クルニは間違って突っ込むんじゃねえぞ」
「そんなやらかししないっすよ!」
 エヴァンスの冗談にクルニが吠える。
 伝聞というか噂話というか。過去、レベリオ騎士団が行う実技試験のために修練場の使用禁止が通達されたにもかかわらず、普段通りに修練場へ顔を出し赤っ恥をかいた騎士がいるとかなんとか。
 その類の話は別にレベリオ騎士団のみならず、様々な団体や組織に枚挙に暇がないほどあるものだ。今回はそんな与太話を使って、エヴァンスがクルニを突っついた。ただそれだけの一幕である。
「さて、今年の実技試験官は~っと……は? 俺?」
「うぇえっ!? ……うわ、ホントっす……」
「そんな反応されるとちょっと凹むな……いや俺もびびったけどさ……」
 ところが、そんな和やかな空気は次の情報を仕入れたことで即座になくなってしまった。
 入団試験、その中でも騎士たる者として特に重視される、実力。それを測る実技試験官としてエヴァンスの名前が載っていたからだ。
 無論、中心となる人物は他に居る。エヴァンスはあくまで実技試験官の一人に過ぎない。しかし逆に言えば、若駒たちの実力を測れる立ち位置に彼が居ると見做された、ともとれる。
「くぅぅ……! 私の名前がないっす……!」
「うははは! 今回は俺の勝ち! ってか!」
「う、うるせーっす!」
 未来の英俊たちを審査する立場になるのは名誉なことに違いない。その点でいえば、確かにクルニはエヴァンスに一歩、先を越された形となった。
 そのような発破掛けの意図もこの告知には含まれている。武を誇る組織である以上、力の優劣は必ず付く。しかしそれは時にひっくり返るものでもあるのだ。あくまで下がひっくり返そうと強く思っている場合に限るが。
「負けたら承知しないっすよ」
「負けるかよ。こっちにだって意地はあんだぞ」
 選ばれなかったことは致し方なし。クルニは早々に思考を割り切り、今度はエヴァンスに発破をかける方向に切り替えた。
 エヴァンスが候補生と打ち合い、仮に負けることがあれば。それは彼個人のみならず、騎士団全体の沽券に関わる。そんなことは、若手二人も重々承知している。
「じゃあ私がその意地ってやつを試してやるっすよ!」
「お、やるか?」
「もちろんっす!」
 そうして流れは修練場への模擬戦へと続いていった。
 乱取り三本先取。二人が専ら今の実力を競う時に行うレギュレーションがこれ。仕掛けられたエヴァンスも彼女が何を言わんとしているかなどまるっとお見通しで、事実その足は早くも修練場へと向いていた。
「今日もぎったんぎったんにしてやるっすよ~~」
「ぬかせ。俺は最近ベリルさんの言ってることが結構分かってきたからな、今までとは一味違うぜ」
「ふふん、その道は既に私が通った後っす!」
 やいのやいのと騒ぎ立てながら、極めて前途有望な騎士二人が歩みを進める。
 レベリオの騎士としての毎日は賑やかながらも、冷静さと鷹揚さ、そして強かさが常に求められる日々であった。

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