書き下ろしSS
片田舎のおっさん、剣聖になる 10 ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~
「レパートリーを求めて」
「うっし……やってみるか」
「ん」
ある日の午後。俺もミュイも各々の為すべきことがない日。つまり休みの日。俺たち二人は僅かばかりの気合を入れて、我が家の台所に立っていた。
まあやることは単純明快で、新メニューを開発してみようというものだ。お題は単純なれど、実際は難しい。俺もミュイも最低限栄養が取れていればいいや、というタイプなのでね。
とはいえ家事レベルが一向に向上しないのも困る。食材を切るとかそういう技術は、特にミュイの成長が著しいけれども、そこから生み出される料理が毎回同じではちょっとなあ、という感覚であった。俺一人ならそれでもいいんだけれど、今はそうも言っていられないわけで。
他方、俺にもミュイにも日々やるべきことがあり、料理だけに専念するわけにもいかん。なのでここはいっちょ試しに、二人の休日をちょっと本格的に使ってみようじゃないか、という流れになった。
「とりあえず……煮込む以外でいこうか」
「……ん」
我が家でのメニューは大体半分が煮物汁物である。スープとかポトフとか。とにかく具材をぶち込んで調味料とともに煮込めばなんとかなるし、栄養も豊富だ。大体こいつとパンで事足りる。
なので今回はうちの主武装を封印しての戦いに臨む。俺もミュイも油断したらすぐ具材を鍋にポイポイぶち込んじゃうからな。それは今回止めてみようかとなったわけだ。
別に高級レストランで出てくるような味や手間を求めているわけじゃない。もっと手軽かつ庶民的なもので十分。だけどその庶民的にも色々とあるはずで、なんとか正解を一つでも求めておきたいところであった。
「まあまずは出来るところからやってみてから考えよう」
「分かった」
まあ何の料理をするにせよ、食材は切らねばならない。とりあえず肉と芋と根菜を切る。煮込む以外だと焼くとか蒸すとか揚げるとかになると思うが、どっちにしろそのまま食材を使うわけがないからな。まずは切って、話はそれからだ。
「おー、大分上手くなったね」
「まあ、オッサンよりは上手いんじゃね」
「ぐっ……反論しづらいなあ……!」
実際、ミュイのナイフ捌きは俺から見ても中々のものだ。言うだけはあると言っておこうか。いや剣と包丁の扱いは全然違うんだってマジで。やってみて初めて実感したよ、俺も。
「いちおう、切れたけど……」
「うん。……さて、どうしようかな……」
ほどなくして、眼前に綺麗に切り分けられた食材が並ぶ。問題はこいつらをどう調理していくか、だ。
新メニュー開発といっても、俺もミュイも何か妙案があったわけではない。とりあえずやってみるかという、大変に行き当たりばったりな行動であった。
「とりあえず鍋に水を張っ……たらダメか……」
「……うぅん」
いかん、すぐに思考が煮込む方へ向いてしまう。この事態を避けるために今日の一日を使うと決めたのではなかったか。レパートリーを増やすと言っても、そもそもの発想力と経験が貧弱では、そう都合よく思いつくものではない。
これは剣術でも同じだ。例えば、相手の予測を外すような奇想天外な動き。天性の資質や閃きというものが作用するのは当然だが、その多くは積み重ねてきた経験や技術から滲み出る一滴でもある。
その一滴を絞り出すための水が、料理という領域において俺の中にはない。多分ミュイも同じだろう。
「……あ」
「……お腹空いたねえ……」
ぐぅ、と。一時の静寂が訪れた我が家に腹の虫が小さく鳴いた。
「……とりあえず、さっと火を通して食べようか……?」
「……うん」
結局。煮物汁物からは逃れられたものの、想定されるメニューはメニューとも呼べない代物になりそうであった。
だって仕方がないじゃないか。このまま食材を前にウンウン唸っても行程はにっちもさっちも進まないわけで。そうすると、いつまで経っても飯にありつけないことになる。腹の虫を鳴らしたミュイを待たせるのも本望ではない。
「……今度、ハルウィさんにでも頼んでみる?」
「……うん」
ルーシーの屋敷で使用人として長く務めているハルウィさん。パッと思い付く料理の手練れと言えば、彼女くらいしか浮かばない。いきなり料理を教えてくれ、なんて押し掛けるのもどうかと思うけれども。
剣の道は、長く果てしない。魔術の道もきっとそう。更に加えて、料理の道もどうやらそうであるらしい。
経験がないと閃きもクソもあったもんじゃない、ということだな。この事実が剣以外でもそうだということに気付けただけでも一歩前進であろう。日々の出来事を糧にしてこそ、人は成長するのだ。
「うぇ、腹減った……」
「ちゃっちゃと作ろう、作っちゃおう」
「ん」
そうして我が家の食卓には、いつも通りの簡素なメニューが並ぶのだ。
まあいいだろう。俺もミュイも今のところは、なんだかんだでこれで満足してるんだから。







