書き下ろしSS
片田舎のおっさん、剣聖になる 11 ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~
騎士団長の一押し
「陛下、間もなくシウーバハです」
「うむ」
サリューア・ザルク帝国、帝都シウーバハ。
区画の整理こそ雑多で多少の雑味が残るものの、規模自体はレベリス王国の首都バルトレーンを遥かに超える、大陸屈指の大都市。
繁栄の極みを体現したような大国の地に、隣国の蒼き騎士団が大仰な隊列でもって到着しようというところであった。
「ふん、国全体が忌々しいほどに活気づいておる」
豪勢な馬車の中で、レベリス王国国王、グラディオ・アスフォード・エル・レベリスは呟きを落とす。
この言葉は、すべてが嫌味というわけではなかった。サリューア・ザルク帝国とレベリス王国は過去に戦争の歴史があったものの、現状の関係性はまずまず穏当。グラディオも自身が即位している間に戦争を経験したわけでもない。
しかし隣の国が自分の国より栄えている、という現実自体は、手放しで喜べるものでもなかった。
とはいえ今回はなにも、外交で舌戦を繰り広げる予定はない。あくまで皇帝から、建国祭で開催される闘技大会の観戦に招かれただけだ。
無論、そのついでに多少の言葉遊びは起こりうる。だが外交官も紋章官も連れていない今回の遠征。油断出来るものではないにしろ、いくらか素直に闘技大会を楽しむ分には問題ないだろう。グラディオは胸中でひとまず、そういう結論を下していた。
「興が乗ればいいのだがな……」
他方で。グラディオは王であり執政者であるが、武人ではない。最低限の心得程度を幼少期に習いはしたが、既にそれらは遠い過去の出来事として、記憶の奥底に押し込められている。
何となく強そう、何となく弱そう。それくらい考えることは出来る。逆に言えば、それ以上は分からない。立場上、分かる必要性が特にないともいう。
「アリューシアを呼べ」
「はっ」
武については分からないので、分かる者に聞く。これも為政者として必要な資質であった。
グラディオは傍付きに短く命じ、その命を受けた側近は馬車の窓を小さく開け、外の護衛に内容を告げる。国王陛下が騎士団長であるアリューシア・シトラスをお呼びである、と。
「陛下、お呼びでしょうか」
呼び立てから間もなく。騎乗した状態で、アリューシアは国王陛下の乗る馬車の真横に付けた。
シウーバハに入る直前の、ちょっとした雑談。何も畏まったものではないことに加え、現在はまだ護衛任務を継続中だ。彼女は直ちに下馬する判断を取らなかった。
加えて既に帝都は目前。都市間や国境を跨ぐ街道などよりも、危険度は格段に下がっている。故に国王陛下と騎士団長の双方が、ほんの僅かずつ相好を崩していた。
「うむ。闘技大会をどう楽しめばよいものか、武人の意見を聞きたい」
「さようでございますか……」
馬車内からのグラディオの言葉を耳に受け、アリューシアは少しの間、考え込んだ。
「確か魔法の類は禁止されております。純粋に力と技の見映えに注視してよいものと思われます」
「そうか」
そして出てきた答えは、至極単純なものであった。
どうせお前に細かいことは分からないだろうから、見た目を楽しめ。すべての遠慮を剥がすと、言葉の本質はそうなる。それを幾重にも、厳重に包み込んだ内容であった。
「それと、これはまだ未確定の情報ですが――」
しかし彼女はそれだけで応答を終わらせずに、追加の言葉を重ねた。
「騎士団の特別剣術指南役に就いておりますベリル・ガーデナント氏が、闘技大会に参加する可能性がございます。”片田舎の剣聖”と呼ばれるその腕が異国の地で通用するかどうかは、注目に値するものかと」
「ベリル……ああ、お主が指南役に推薦したあの者か。サラキアも世話になったな」
その名を耳にしたグラディオは、情報の咀嚼に少々の時間を要したが、すぐに思い出した。
一国の王にとって、他国の要人と法衣貴族以外の名というものは、優先度が低い。
しかしそこに、自身の愛娘の安全がかかわっていたとなれば話は別だ。更には、サラキア王女付きのロイヤルガードに推薦しようとした過去もある。故に一拍はかかったものの、思い出すのは容易であった。
「ふむ……。その可能性が実れば、多少は楽しみも増えることだろう」
「はい。レベリス王国出身の者が、他国の大会で覇を唱える。喜ばしいことかと」
「違いない」
グラディオは、武については分からない。だが国益にかかわることについては、それなり以上に敏感だ。そこに聡くなければ一国の王など務まろうはずがない。
レベリス王国の田舎村出身の剣士が、大国の建国祭の大催事、闘技大会にて名を馳せる。無論、直接的な利益が直ちに生じるわけではないが、国家の名声という点では見逃せなかった。
レベリス王国には既にレベリオ騎士団、および魔法師団といった、国家を超えて大陸全体に通用しうる組織がある。加えて個の達人も抱えているとなれば、軍事的には今まで以上に良い意味で警戒されるだろう。
「しかし実際のところ、どうなのだ。ベリルはそれほどまでに強いのか?」
雑談のついで。グラディオは更に一段、会話の深度を掘った。つまるところ、ベリル・ガーデナントは他国の闘技大会で通用するほど強いのか、という話である。
グラディオは直接、彼の雄姿を見たわけではない。サラキアからの報告は受けているものの、娘も武人ではないために正確な物差しも、強さを伝える術も持っていない。
しかし騎士団長の言葉はどうにも、ベリルが大活躍する前提の論調で組まれているように見える。
「間違いなく。流石に優勝の保証までは出来かねますが、少なくとも予選で姿を消すことはないと思われます」
「ほう。”神速”がそこまで言い切るとはな」
そんなある意味で真っ当な疑問に対し、アリューシアは迷いなく即答した。
グラディオには、アリューシアの強さについても分からない。だがベリルとは比較にならないほど、その活躍と強さについては耳にしている。だからこそ彼女の言には一定の信頼を置く。
「楽しみだな」
「ええ。必ずや、陛下のご期待に添える結果になるかと」
アリューシアは涼やかな声色と表情で、そう締めくくった。ベリルが本当に闘技大会に出るかどうかもまだ分からない上に、本当に予選を突破出来るかも分からないにもかかわらず。
それは信頼ではある。しかし信の重さは、目に見えるものばかりではない。
しかしそれが目に見えるものではない以上、グラディオからすべてを察するのは難しい話でもあった。
大仰な隊列を組んだ馬車は緩やかに、賑わう帝都の門へ近付いてゆく。







