
悪役令嬢は溺愛ルートに入りました!?
ルチアーナとラカーシュと月聖夜
「ラカーシュ様、月聖夜に巻き込んでしまって申し訳ありません!」
暗闇の中、月明かりに照らされてほんのりと光り輝いているラカーシュを見上げると、私はへにょりと眉を下げた。
なぜなら生徒たちがとっくに下校した夜の時間帯に、ラカーシュと2人で学園に閉じ込められ、さらに灯りも消された状態になっているのは、全部私のせいだからだ。
この世界では、「聖夜」である12月24日に一晩中灯りを消して、月と星の光だけで過ごすのが慣習となっているけれど、その日に因んで、12月以外の毎月24日も、1時間だけ同じように灯りを消して過ごすことになっている。
その日が今日で、しかも―――消灯の時間帯は月によって異なるのだけれど―――今月は夜の7時から8時までと、比較的早い時間帯が定められていたようだ。
そのため、今日が月聖夜であることをすっかり忘れていた私が、学園に忘れ物を取りに来て、遅くまで生徒会の仕事をしていたラカーシュにたまたま出会ったのが、(ラカーシュの)運の尽きだった。
「ラカーシュ様! 何という幸運でしょう!」
教科書を取りに来たのはいいけれど、内容がよく理解できないのよねーと考えながら廊下を歩いていた私は、ラカーシュを目にして喜びの声を上げると、1番近い部屋に彼を押し込めた。
それから、唖然としているラカーシュの目の前に教科書を広げると、分からない箇所を質問したのだ。
ラカーシュは何事かを言いかけたけれど、私の勢いに押された様子で言葉を飲み込むと、懇切丁寧に解き方を教えてくれた。
―――そんな時、突然、部屋の灯りが消えたのだ。
驚いて周りを見回すと、他の部屋や庭園の灯りも次々と消えていき、あっという間に月と星の光のみとなってしまった。
「あっ、今日は月聖夜でしたね!」
遅まきながら、やっと月聖夜であることに気付いてラカーシュを見上げたけれど、彼の表情を見て、最初からその事実を知っていたことを理解する。
……うっ、そうよね! こんな大事な日のことを忘れるラカーシュじゃないわよね。
だからこそ、彼は暗闇になる前に、学園から帰ろうとしていたのだわ。
正に帰ろうとしていたころを呼び止めた15分前を思い出し、申し訳なさに眉を下げる。
「ラカーシュ様、月聖夜に巻き込んでしまって申し訳ありません!」
基本的に、聖夜の時間帯は家の外を出歩いてはいけないことになっている。
そのため、これから1時間は、彼を学園に閉じ込める形になってしまった。
これはもう、怒られても仕方がないわねと覚悟したけれど、どこまでも紳士なラカーシュは、普段通りの冷静な声を出した。
「いや、私の方こそ、前もって知っていたのだから君に注意すべきだった。だが、こうなってしまった以上、月聖夜の時間帯が終わるまでは、建物の外に出るべきではない。申し訳ないが、私と一緒にいてもらおう」
そう言うと、ラカーシュは開いていた教科書をぱたりと閉じた。
こんな暗闇の中では、教科書の文字など見えるわけがないからだ。
私と1時間も暗闇の中に閉じ込められるなんて、ラカーシュは不幸だわ……と思ったけれど、意外にも彼は不愉快そうな様子を見せず、むしろ様々な話題を提供してくれた。
そして、彼の言葉に一生懸命答える私を、どこか楽しそうに見つめていた。
その様子を見て、ラカーシュは完璧な紳士だわと感心していると、突然、彼が「そういえば」と口にした。
「聖夜をともに過ごすのは家族か、将来家族になる者同士らしいね?」
真顔で問いかけてくるラカーシュを見て、人たらしって怖いと思う。
ラカーシュは何の底意もなく発言しているのだろうけれど、これほどのイケメンにそんな思わせぶりな発言をされたら、普通は妄想するに決まっているからだ。
もしかしたら、月聖夜をともにしたラカーシュと私が家族になるかもしれない、あるいは、そういう未来をラカーシュが仄めかしているかもしれないと。
幼い頃、ご令嬢を名前呼びしただけで婚約者扱いされそうになって以来、ラカーシュは女性全般に一歩も二歩も引いた態度を見せていた。
けれど、どういうわけか、私に対してはその警戒心が発揮されないように見える。
むむう、私は完全なる恋愛対象外で、何を言っても実害がないと思っているのかしら。
それはそれで失礼な話だけれど、……ある意味、役得だわね。
とそう考え、勝手にラカーシュの思わせぶりな言葉に妄想を膨らませて顔を赤らめていると、ラカーシュが小さく何事かを呟いた。
「……赤くなって可愛い」
けれど、ラカーシュの声は小さすぎて聞こえなかったため、首を傾げて聞き返す。
「え? 何か言いました?」
「ああ、……月が綺麗だね、と言ったのだよ」
「まあ!」
ラカーシュは知らないだろうけれど、前世においてその言葉は、有名な文豪が愛の言葉として使った「I love you」の意訳なのだ。
まあ、今日はラカーシュに告白されたような気分だわ!
と真っ赤になっていたけれど、―――知らないのは私の方だった。
この世界は、前世で私が暮らした世界が元になっているのだから、元の世界で通用していた言い回しは、この世界でも通用するのだということを。
「ふふふ」
「ははっ」
夜の闇の中、月と星の光の中に2人きりという非現実的な空間にいるせいか、私たちは何だか楽しくなって、顔を見合わせて笑い合った。
ラカーシュは月を褒めただけのつもりでしょうけど、知らないうちに私に告白をしているわ―――と、私はそう考えて楽しくなって。
ラカーシュが笑ったのは……何が理由か分からないけれど……。
その夜、時間になって再び灯りが点くまで、ラカーシュと私は窓際に並んで立ち、黙って綺麗な月を眺めていたのだった。