書き下ろしSS
美人の姉が嫌がったので、どう見ても姿絵が白豚の次期伯爵に嫁ぎましたところ 2 ~花園への招待状と私の騎士様~
ある親友同士の休日
「クリスタ、お待たせ!」
「そんなに待っていない。今日も美人だな、サンドラ」
「あら、うふふ! あなたもとってもかわいいわ!」
王都の西区にある会員制サロン、その一室で、二人の淑女が手を取り合って再会を喜んでいた。
クリスタ、と呼ばれた女性は茶色の髪を緩く巻いている。薄水色のボンネットを被り、同色で美しい形の年齢にあったシックなドレスを着て、サンドラと呼んだ女性を出迎えた。
サンドラ、と呼ばれた女性の髪色はストレートの金髪で、鍔の無いレース飾りでたくさんの花を象った紺色の帽子を被り、同色に金色の刺繍と白いレースを重ねたスカートのドレス姿だ。
「今日はどこに行くんだったか?」
「カレーを食べに行くのよ! とっても人気らしいわ、今度いい報告が聞けるはずよ」
「おお、それは楽しみだ。じゃあ、行くか」
クリスタの腕にサンドラが白いレースの手袋で覆われた手を乗せて、サロンの外に向かう。
サロンの外には紋は無いが高級な馬車が停めてある。その馬車で、現在試しに販売しているカレーライスを食べに貴族向けのレストランに向かうのだ。
二人は仲良しの親友であり、誰が見ても貴族のご婦人であったが、実はこれは少しハズレである。
「はぁ、王妃様。今日も素敵な変装ですわ」
「すまんな、アレクサンドラまで変装させてしまって」
「あら、これはこれで楽しんでますわ。息子とおそろいの金髪ですもの」
「ははは! 私もいつもの銀髪は目立つからな。茶髪というのも新鮮だ。顔にそばかすを描くと少しばかり印象も変わるようだしな」
「それはね、王妃様。他にも自然に見えるように、侍女たちが気合を入れてメイクしてくれてるんですよ」
薄水色のボンネットを被り、茶色のカツラを被ったオパール・フォン・クロッカクス王妃は、紺色の帽子の下に金色のカツラを被ったアレクサンドラ・シャルティ伯爵夫人の言葉に目を丸くした。
シャルティ伯爵家の息子夫婦、パーシヴァルとミモザがボルク領に新婚旅行にでかけたので、アレクサンドラは少しばかり時間を持て余した。
先日の王妃の花園で出た話題の中にレストランでの新商品の話があったが、それが先日発売を開始したという噂も聞いている。
一人で食べに行けないようなヤワな精神力をしているわけではないが、ふと王妃のことが頭によぎった。
王妃とアレクサンドラは、それぞれが結婚する前からの付き合いがある親友である。
アレクサンドラがシャルティ伯爵家に嫁ぎ、夫であるシャルティ伯爵が近衛騎士団長の任についているため、だいぶ節度を持った付き合いになったのだが。
それでも、アレクサンドラの別名、アレックス・シェリルの著書は王妃の愛読書であり、アレクサンドラはファンとの交流を盛んに行っているため、王妃とアレクサンドラが仲良くしていても近衛騎士団長の妻だから、というような噂は流れていない。一部の、口さがない人間以外には。そこはまぁ、気にしない程度には丹力も実力もある二人なので問題ないのだ。
そして、いくら仲がよくても王宮に食べ物を持ち込むのは難しい。しかも新商品だ。毒見役がいるとはいえ、南国のスパイスを使った料理となると匂いでは判別がつかないし、辛い料理だということだから口に入れた瞬間毒だと判断されるかもしれない。
毒を持ち込んだとしてアレクサンドラは拘禁されるだろうし、王妃としてもそうせざるを得ないだろう。もちろんいくらでも無毒な食べ物だと証明できるのだが、拘禁されるというのがよろしくない。王宮で食べられるようになるのは、もう少し研究が進んでからのはずだ。
そうしてアレクサンドラは王妃をお忍びに誘った。
王妃は王妃でその連絡を貰うとすぐに必要な物を用意させ、待ち合わせ場所はお互いにこっそり偽名で会員に割り込んだサロンにした。その偽名が、クリスタとサンドラである。
ちょうどいいので手紙でお互いのキャラクターを決め、そのイメージでカツラと今日の衣装を選んだ。完全にお金と権力のある大人の遊びである。
「しかし、カレーを食べに行くのがこんなに楽しいとはな」
「それはそうですよ、今の私たち、すっかりやっているのが少女と同じですからね」
「少女は変装しないだろう?」
「王妃様、変装はしてもその口調はどうにもならないんですか?」
せっかく純朴そうな顔つきに王宮の侍女が仕上げたのに、目に力がありすぎるし、口調も声も尊大だ。パッと見のギャップもあってアレクサンドラが指摘すると、馬車で偉そうにふんぞり返って座っていた王妃は脚を揃えて背筋を伸ばし、手を膝の上でそっと重ねて小さく首を傾げて見せた。
「……いえ、やめましょう。不自然です。不自然、バレます」
「そうかしら?」
「私が悪かったですわ! 王妃様、後生ですからやめてくださいませ!」
声まで少し高くして楚々と笑った王妃に、アレクサンドラは腕をさすった。鳥肌が立ったのだ。
その様子にあっはっはと声をあげて笑った王妃に、アレクサンドラもつられて笑う。
「おかしいなぁ、昔は私、こういう感じだったろう?」
「そうですわね、昔は気が弱くて、背を丸めていて」
「ミモザ嬢にちょっと似ていただろう?」
王妃がにやりと笑う。その姿は全くミモザに重ならなかったが、出会ったばかりの頃の王妃の姿は確かにミモザに重なる所があるとアレクサンドラは不意に笑った。
「確かに、似ていたかもしれませんね。でも私は今のあなたが好きですよ、王妃様」
穏やかに笑顔を交わしたところで、馬車が停まる。カレーを出しているレストランに着いたのだ。
「さ、行こうかサンドラ。辛いらしいから、帰りに甘いものも食べにいこう」
「あら、いいわねクリスタ。じゃあお腹いっぱいにならないように気を付けませんと」
本当に長年の親友である二人は仲のいい婦人同士の礼節を保ちながら、悪戯っぽい視線を交わして馬車を降りた。