SQEXノベル一周年記念SS

高難度迷宮でパーティに置き去りにされたSランク剣士、本当に迷いまくって誰も知らない最深部へ ~俺の勘だとたぶんこっちが出口だと思う~

kind街道とことこ道中 ~一周年記念編~

「リリリア。それ、何読んでるんだ?」
「ええっ!? ジルくん知らないの!? ぷぷぷー。これは『大人のエンタメ、ど真ん中!』がキャッチコピーの出版レーベル『SQEX(スクウェア・エニックス)ノベル』さんの本だよ! 知らないなんて遅れて……るわけではないね。別に『これを知らなきゃ!』っていうメインストリームが社会に実体として存在してるわけじゃないし、仮にそういうものがあったとしても私たちはそれに支配されて生きていかなくちゃいけないわけでもないしね。気にするな! 私たちは自由だ!」
「いきなり畳みかけられてどういう情緒になればいいのか全くわからない」
「ちなみに今読んでるこの冒険小説はちょうど『急激な加熱と冷却を繰り返して壁を破壊する』シーンだよ」
「俺いま破壊されようとしてるのか?」
「そうだよ。今更気付いてももう遅い」

「って感じのことを旅の前に言われたっけな……」
馬車の中でのことだった。
ごとごと揺れる街道の途中。ふと会話が途切れて、ジルが客室に備え付けられている背の低い本棚から一冊を抜き出して、背表紙を見て、で、そこに『SQEXノベル』の文字があったのに反応して言った。
そしてその隣でクラハは、「これ『そうですか』以外に何を言えばいいのかな」と不安になっている。旅はまだ始まったばかり。沈黙の居心地はまだ少し悪いから、できれば会話を繋ぎたい。が、出てきたエピソードトークが独特すぎて自分の引き出しに適切な相槌のストックがない。困る。
何かひとつくらい――「それで、ジルさんは破壊されたんですか」とか――いやいや、実際目の前にいるということは破壊されずに難を逃れたというわけだからとか、色々と。
クラハは、考えて。
「そういえば、植物も優しい言葉をかけるのと厳しい言葉をかけるのとで、成長の具合が違うという話を聞きますよね」
最終的に緊張に身を任せて、全然見当違いの相槌を打った。
「へえ。それじゃあ本の紙も原料は植物みたいだし、優しい言葉をかけてたら急に面白い話に成長したりするのかな」
そしてものすごい方向に話題が伸びた。
そうはならなくないですか、とクラハは思った。心の底から思った――が、残念ながらまだ彼女と彼の間には、忌憚なく意見を交換できるような関係は構築されていないのだ!
「か、かもしれませんね」
そんなわけないだろ。
「えっ……そ、そうか。そうかもな。よし、やってみるか! 『よっ、面白小説レーベル』!」
「は、はい! 『話題作続々刊行』!」
「えーっと……『ロゴが可愛い』!」
「『豪華イラストレーター陣による美麗な装画・挿画の数々』! 『新刊情報一覧の表紙の並びを見るだけで楽しい』! 『コミカライズ等、マルチメディア展開も続々』!」
「…………『あ、へー。カバーの折り返しのところとかシリーズごとにデザイン違ったりしててすごい凝ってる。いいなこれ』」
「『毎月7日ごろ3~5点程度の出版』! 『発刊時には合わせて無料の書き下ろしSSも』! 『全国の書店様でお求めいただけます』!」
「回し者なのか?」
はっ、とクラハは我に返った。思わず夢中になって、知っていることが口からぺらぺらと……。ここはしっかり冷静に、視点をもう少し遠ざけて、と思い直して、
「あの、他にも持ち込み制度があったりして、読む人はもちろん、書く人にとっても注目のレーベルさんらしいです」
「うん。……うん?」
「あ。あと、ちょうど創刊一周年だそうです!」
「…………そうか! それはめでたいな! 『創刊一周年おめでとう』!」
「『創刊一周年おめでとうございます』!」
ということで、奇妙な時間は終わり。
一段落、クラハとジルの間にも珍妙な時間が流れる。
それから。
「……よし、じゃあ」
と、ジルはぎこちなく言って。
満を持して、それを開いて、確かめた。
「こ、これは……!」
つまり、本当に優しい言葉をかけることで、その本は――、

「――なってるぞ! 面白く!」
「元からだと思います」

三ヶ月後くらいになって、「そういえば植物に優しい言葉をかけるとよく育つというのは迷信みたいです」という話をしたところ、ジルからの「あのときは会話を繋ごうとして滅茶苦茶なことを言って滅茶苦茶になってしまった」という告白があり、クラハはとても安心した。

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